春の息吹が道場に吹き渡りました。

見学者さんたちが運んできたようです。
5月からスタートした天遊組の道場。
毎月、第2・4の(水) 18−21時。
時間がたつとともにぞろぞろと人が増えてくる天王寺。
昨日は、見学の方も含め、20人くらいいたでしょうか。
興味を持った人がまたその興味をひきついで、つなげて広がる天遊組の「和」。
湖面に落とされた水滴が輪をかさねてひろがるようにどんどん大きくなっていきます。
まだ発足して一年たっていないなんてほんとにびっくり。
おもしろいのは、「面白み」のある人が寄ってきてしまうこと。
というよりも、本来の面白みが天王寺の場所で開花してしまうだけで、
みんなとっても面白い何かをもともともっているってことに気がついてしまいました。
初期メンバーの組員たちは見学者の描く字に初心を思い出します。
よい刺激をうけて、メンバーも首をひねりつつ。自分の頭の中のイメージと格闘します。

線をまっすぐに刻むようにひくことを難なくこなす人もいれば、思い通りに体がうごかなくて何度も何度も線を引く人。
イメージトレーニングで筆を振る人(笑
真っ白い大きな紙を目の当たりにして、頭も真っ白になる人。
枠にはめられることの多い私たちはは白い和紙の枠の中にきれいにとどめてしまいます。
無意識に線をそろえたり、○をまんまるく整えてしまう。
そうすると、きれいな作品はできるのですが、動きがでない。
でも、無理に動きをだそうと筆をむりくりうごかすと、字が死んでしまって浮かび上がってこない。
そこに天遊さんのエッセンスがばらまかれて、壊され、崩して、文字が勝手に動き出すように変化していきます。

気がつくと、次へ次へと。
文字をもっと描きたくなってしまう。
そう、また描きたくなってしまうのです。
今回の文字は 「龍」 「陽」

文字自体の持つパワーがすごいのか、紙に収めるのに苦労していたら、でちゃってもいいんです。
自由に、筆をうごかすことの楽しさ。
自由なのに、自由にならない自分へのもどかしさ。
「枠」への概念をとっぱらうと、「粋」に動き出すのかもしれません。
※ 素敵な写真を撮ってくださってありがとうごさいました。